和歌山地方裁判所 昭和32年(ワ)273号 判決 1963年9月23日
理由
一、本件建物及び機械類がもと原告の所有に属していたことは当事者間に争がない。
二、そこで右物件が被告主張の代物弁済により被告の所有に帰したか否かについて考える。
(一) 成立に争のない乙第六、七号証に原告本人尋問の結果によれば被告主張の二の事実が認められ他に右認定を覆すに足る証拠はない。
(二) 被告は右代物弁済の予約は錯誤に基くものであるから無効であると主張するがこれを認めるに足る何等の証拠はない。
(三) 原告が昭和二八年末頃被告から金一三〇万円を借受けこれと引換に金額一三〇万円の約束手形一通を振出し被告に交付したこと(別紙第一目録記載の手形はその書替手形である)、被告が別紙第二、第三目録記載の手形の所持人であること、被告がその主張の日に原告に対しその主張の如き代物弁済の予約完結の意思表示をすると共に右代物弁済に充当する債権の内訳は別紙第一目録記載の手形金中金一〇〇万円と別紙第二目録記載の手形金一〇〇万円である旨を通知したこと、及び被告は昭和二九年二月二五日右代物弁済を原因とする所有権取得の登記手続を了したこと、はいづれも当事者間に争がない。
(四) ところが(証拠)を総合すると原告は被告の右代物弁済の予約完結の意思表示に先立つ同年二月二日頃前記金一三〇万円の弁済のため被告銀行に赴き、当時原告が被告に対し有していた金三〇万円の預金債権と金一六万円の掛金債権(右掛金は実際は金二〇万円であつたが解約手数料金四万円を差引き金一六万円として計算した)計金四六万円を差引相殺し、残額八四万円と利息を弁済のため提供したところ、被告は原告に対し右金一三〇万円の貸金債権の外に別紙第二、第三目録記載の手形金債権が存在するから、これを併せ金二〇〇万円全額を一時に支払うのでなければ弁済金を受領することができないとしてこれを拒否した事実が認められる。ところで(証拠)を総合すると別紙第二目録(五)記載の手形は原告が割引のため訴外大島守に振出し交付したものであるところ、同人はその割引金を未だに原告に支払つていないこと、また原告は別紙第二、第三目録中のその余の手形金の支払として昭和二八年八月末頃に大島に対し金一〇〇万円を支払い、残額については原告が同年一〇月中頃右大島のため訴外土井義秀に立替支払つた金四〇万円の立替払債権で直ちに相殺し、したがつて同月一五日頃には原告の訴外大島に対する前記第二目録記載の各手形金債務は全部消滅し第三目録記載の各手形金債務も一部を残し他は消滅していたこと、一方被告が右各手形を大島より裏書譲渡を受けたのは右各手形の満期の日より遙かに後である同年一〇月末以後であること、以上の事実が認められ証人大島守の証言(一、二回)中右認定に反する部分は前掲証拠に照し措信し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうすると原告は被告に対しても別紙第二、第三目録の各手形金(但し第三目録記載の手形金中一部の未払の部分を除く)の請求を拒み得るわけであるから、昭和二九年二月二日当時原告が被告に対し負担していた債務は前記金一三〇万円の借受金債務と第三目録記載の手形金債務の一部だけであるといわねばならない。
(五) ところで通常代物弁済の予約がなされた場合には、債権者は、債務者が期日に弁済をしなかつた場合においてもその後予約完結の意思表示以前に債務者より債務の本旨に従つた履行の提供がなされた場合にはその受領を拒み予約の完結権を行使することは許されないと解されるから、被告が原告のなした前述の弁済のための提供に対しその受領を拒み予約完結権を行使したことは違法であるといわねばならない。そうすると被告のなした右予約完結の意思表示は無効のものというべく、したがつて本件建物及び機械類は依然原告の所有に属しているものといわねばならない。
三、被告が昭和三〇年一一月右物件を訴外丸三染工株式会社に売却したことは当事者間に争がなく、証人井戸善一郎の証言によれば本件建物はその後取壊されてなくなり、また本件機械類も他の善意の第三者の手に移りいづれかに搬出されこれを取戻すことは不可能な事実が認められる。そしてかかる事態に立至つたのは、被告が権限なくして右物件を丸三染工株式会社に売却したことの結果であるというべきであるから、被告は不法行為による損害の賠償として当時の右物件の価格に相当する金額を原告に支払うべき義務がある。被告は、右売却については原告もこれに同意しその仲介に当つたと主張するが、証人井戸善一郎の証言によれば、被告は原告の意思如何に拘らずこれを他に売却処分することに決めこれを実施せんとしていたので、原告は損害を少くせんがためやむなく右売却に関与したにすぎない事実が認められるから、これをもつて売却処分に対する同意と解することはできない。ところで成立に争のない甲第一一号証によれば本件建物の当時の価格は少くとも金二六四、五〇〇円を下らないことが認められ、また鑑定人奥村信二郎の鑑定の結果によれば本件機械類の当時の価格は金一、七八九、〇〇〇円であることが認められる。してみると被告は原告に対し前記不法行為による損害の賠償として右金二六四、五〇〇円と金一、七八九、〇〇〇円との合計金二、〇五三、五〇〇円を支払うべき義務があるといわねばならない。